第1回 日月進歩 レポート

第1回 日月会シンポジウム(=日月進歩)の報告  
岩岡竜夫(企画委員)

 2010年度から新たに企画された「日月会シンポジウム」は、多方面で活躍する日月会員の方々に、ムサ美芸術祭のホームカミンデイに合わせて建築学科研究室にお集りいただき、ミニレクチャーとシンポジウムをおこなうイヴェントです。

 その第1回(10月30日)では、プロジェクトプランナーの真壁智治氏(2期生)、メディア・アーティストの串山久美子氏(15期生)、造形作家の笹口数氏(20期生)、デザイン・エンジニアの竹中司氏(28期生)による自身の活動に関するプレゼンがあり、つづいて小倉康正氏(18期)の司会による今後の日月会の展望に関する座談会がありました。久しく情報化社会といわれ、多様な情報が乱舞する現代において、真の情報クリエイター達による説得力のあるレクチャーは、台風直撃の最中に参集した聴衆の想像力を刺激し続けました。

 以下、シンポジウムの各パネリストから所感をいただきましたので、掲載いたします。


ムサ美の変わるものと変わらないものへの期待
真壁智治(2期生、磯崎ゼミ)

 日月会主催の第1回シンポジウム「日月進歩」にパネラーとして参加する機会を得た。ムサ美建築学科創設50周年に向けた意図を持つシンポジウムである。その為か、パネラー、司会者には2期生の私の他に、15期生、18期生、20期生、28期生、と各世代の拡がりのある構成となっていて、その職能も、さすがムサ美建築学科の卒業生らしい異能さ、多様さに富むものだった。

 このシンポジウムに参加するに当たって、改めて私は入学年の1965年より現在までのことを概観してみた。元々、私のムサ美への大きな動機となったものに、「都市」への関心があり、都市計画、というよりは、表現する場・交流する場としての都市の在り方に漠然と興味があった様に思う。そうした私の関心を受けとめてくれそうな大学として草創期まもないムサ美建築学科が魅力的に私には映った。芦原義信・磯崎新・竹山実らのスタフィングには、他大学にはない「都市の時代」への期待がこもっていた。ムサ美で触発されたことが、私のその後のエネルギーの基になったことは間違いない。

 しかし、私が直感したこうしたムサ美の特質は、どうやら私たちの時代の固有なもののようで、時代と共に変わり、各々の在学年によっても、建築学科のイメージも異なっていることが、他のパネラーの発言から如実にうかがえた。当然のことであろう。学科運営の様相は変わらざるを得ない。

 であればこそ、ムサ美建築学科のエポックとなった時代々々を語り伝えることの意義はとても大きいと思う。同時にまた、ムサ美建築学科の変わらないものとしての「コアなもの」とはなにか、を吟味していくことも日月会が担う重要な使命だと感じた。

 大学にはたえず理念性と先見性が求められる。創設50周年に手が届こうとしている今、ムサ美建築学科の歩んできた時代性と歴史性とを検証してみることからこそ、次のステージが見えてくるのであろう。


「日月進歩 2010」
串山久美子(15期生、竹山ゼミ)

当日は、台風の中でもがんばって開いている学園祭の模擬店で金工デザインの学生が作った400円の蛙のアクセサリーを購入して、シンポジウムのある建築学部の研究室へ向かいました。研究室には、いつものような大らかな自由さが漂っていて、シンポジウムは、それが そのまま パネラーの皆さんの凝縮された時間の層とあいまって、濃密な心地よい空間を作っていました。

 現在私は、首都大学東京にてインタラクション技術とデザインやアート,エンタテイメントなどの表現を融合した次世代のインタラクティブな音や映像や触覚のインタフェースデザインの研究をしています。先端工学とデザインが融合した領域です。人と人を繋ぐ新しいコミュニケーションの方法や、生活空間の中に自然に溶け込むインタラクション技術の開発や、その技術やデザインを空間表現にどのように利用するかの研究を通じ、アクセシブルな社会に役立てるようなものが提案できたらと考えています。

 ムサ美で学んだ遊びや制作や生活全てが、土台になって、スパイラル状にゆっくり昇っている感じです。やっと、建築を考える入り口に返って来たところでしょうか。

 台風の中で購入した学生の蛙のアクセサリーを見ながら、様々な色を放つ卒業生を暖かく向かえ入れてくれるムサ美の建築学科で、20代を過ごせたことを誇りに思いました。


「日月進歩 2010」
笹口 数(20期生、源ゼミ)

 全てのブレーカーが一斉に落とされたロックアウト後の8号館にこっそりと居残るのは、設計課題を進めるにはあまりに要領が悪い選択で、それはただただもう少しこの場に居たいという想いの正直さでしかなかったように思えるのでした。台風一過の影響で中断、全員退校となった芸術祭会期中のがらんどうの学内に残ってのシンポジウムは、否応無しにあの時の静けさの記憶に心を結びつけるものでした。

 しかもゼミの恩師や卒業生の方々と共に居合わせて。天井のスポットライトやパワーポイントを使ってのプレゼンテーションこそ今様なのだけれど、建築学科の研究室内というシンポジウムの会場は、その他の教室とは違って講義やゼミなど特定の授業イメージも重ならないせいか、かえって、天井の高さも、RCの梁型や柱の距離感も、あの学生の時分の8号館の印象そのままなのでした。

 集まられた方々がこの8号館のどこか同形の梁下で皆さんプレゼンテーションをされてきたのだと思うと勢い通り過ぎていった時がひと続きになるようで、シンポはその時間のトンネルを覗き伺うような不思議な台風一過のひとときとなりました。卒業生の皆に話しかけているかのような真壁さんの柔らかな言葉のあわいに生まれる会場の空気には、その時間のトンネルの響き具合を皆で確かめ合っているようなそんな親密さが感じられ、一人一人の積み重ねたものは履歴のような各々のかたちに収斂するばかりではなくそれが互いにこだまする貴重な時空もあるのだとあらためて思えてくるのでした。

 「有り難い」との言葉の意味を日月会を通し母校建築学科に確かめる貴重な時間となりました。


「ムサビらしさ」
竹中 司(28期生、竹山ゼミ)

 久しぶりのムサビへの訪問だった。あいにく台風だったせいもあるが、校舎の様子が何となくよそよそしく感じられた。会場に着いて、講演者の皆さんの話を聞いているうちに次第に懐かしい気持ちに満たされていった。彼らの活動に「ムサビらしさ」を感じたからである。自らの感覚に忠実に、一歩一歩丁寧に進み、知らないうちに辿り着いた世界が従来の職種には収まりきれない新しい魅力を放っていた。そういった意味では私の活動もある意味ムサビらしいのかもしれないと再確認した一日だった。

 2009年、海外での研究活動を終えて帰国しデザインとテクノロジーを融合したアンズスタジオを設立した。新しいテクノロジーの可能性を最大限に引き出し、従来の手の仕事では難しかった高次元の思考のプロセスを模索している。活動の出発点は、コンピュータに対する「もどかしさ」だったと思う。手書きのドローイングに対して、コンピュータは人のイマジネーションを制限するように感じていた。その感覚をぬぐいながら辿り着いたのは、コンピュータを用いてコンピュータでしかできないような仕事をしようという考え方であった。

 今では、ほとんど全ての分野においてコンピュータはなくてはならない存在となった。その結果、コンピュータという共通のプラットフォームが築き上げられ、異なる分野間で情報を相互に共有することが可能になった。これにより分野を横断する新しい職能や職業の可能性が益々高まっている。従来の職種には収まりきれない独自の創作活動を「ムサビらしさ」とすれば、我々が最も得意とする時代が到来したように感じる。「建築」が本来持っているワクワクするような魅力を、この新しい時代に再構築できればと熱望している。


「日月進歩 2010」パネラー所感
小倉康正(18期生、竹山ゼミ)

 「ムサビでの4年間は無駄ではなかったですか?」

 司会として、いざとなったら切り出してもいいかな、と考えていた質問です。

建築学科を卒業したにもかかわらず? 建築設計とは異なる分野で活動するパネラーが集った今回の「日月シンポ」。母校を美化する思い出話ではなく、本音のところを聞いてみたいという気持からでした。しかしというか、やっぱりというか、有益 or 無駄といった二元論を持ち出すような展開にはなりませんでした。逆に、パネラーの皆さんがそれぞれにムサビでの4年間という時間を、自分の人生と大切に切り結んでいるのが印象に残りました。それらは「人生に無駄なことはない。」といった紋切り型の価値観とは一線を画していたように感じました。そしてあらためて「建築学科という場所、悪いところじゃないな・・・」というおもいを抱きました。

 パネラーの皆さんはそれぞれにクリエイティブな仕事をされているわけですが、お話をうかがっていて感じたのは、どなたも何かのかたちを作り出すというよりは、多様なこの世界から何かを引っ張りだすという作業をされているということでした。世界(この言葉が大げさなら周囲でもいいのでしょう)をどう読み、そこから何を引き出すのか。その読解力と選択眼にみなさんの重点が置かれているように感じました。

 建築学科に限らずムサビの各学科は造形学部に属していることになっています。この造形(形を造る)という言葉が示すのとは異なる方向性がパネラーの皆さんから聞けたのは、これからのデザインを考える上で示唆的なことだったと思います。

 実はシンポジウムの司会進行など初めてのことだったのですが、こんなに楽な司会はもう無いのではないか、と感じています。司会は座っているだけで十分。パネラーのみなさんがどんどん話を進めて下さいました。そして当日の予期せぬ台風にもかかわらず足を運んでくださった方々にこの場をかりてお礼を申し上げます。


カテゴリー: シンポジウム タグ: パーマリンク